オルガノイド研究実績

疾患・創薬の革新的な研究ツール、オルガノイド培養法​​

長い間、がんの基礎研究や新薬開発のツールとして、汎用性の高い細胞株パネルがその役割を担ってきました。しかし、がん細胞株では臨床で見られるがんの多様な特徴が、樹立の段階で失われてしまいます。そのため、『がん細胞株』と『実際のがん』の挙動には時として大きな差異が発生し、結果として細胞株を用いて得られた知見が臨床に結びつかないことが課題とされてきました。​

近年開発されたオルガノイド培養法は、その課題を克服できる可能性があります。オルガノイドは、実際の組織・臓器における生理学的特徴や三次元構造を模倣することが可能です。結果として、より正確に生体の反応を評価できる研究モデルとして注目されています。​​
KBBMは京都大学との産学共同講座設立に参加し、オルガノイド培養法の研究開発に注力しています。​

ER(+)乳がんオルガノイドパネル作製プロジェクトの実施​

 乳がんは女性が罹るがんの中で最も多いがんで、その罹患率は増加の一途をたどっており、乳がん機序の解明はますますその重要さを増しています。近年、オルガノイド培養法は、乳がんにおいても基礎研究からその臨床応用まで、広く応用可能なモデルとして有力視されていますが、一部の乳がんにおいてはオルガノイドの長期培養は依然困難であり、特に乳がんの70%を占めるエストロゲン受容体陽性(ER+)症例については、オルガノイド培養、移植腫瘍作出ともに困難で、いまだ利用できるリソースは限定されているのが現状です。​

そこでKBBMオルガノイド研究部門では、京都大学クリニカルバイオリソース研究開発講座で、ER+症例を中心とした、性質の異なる多数の乳がんオルガノイドラインの樹立、培養法の最適化、および臨床的効果を判定できる評価系の創出を目的として、オルガノイドパネル作製プロジェクトを実施しました。​

微小な患者検体から高確率で乳がんオルガノイドの作製に成功

手術や針生検で摘出された乳がん組織は、まず病理診断の解析に使用されます。今回のオルガノイド作製は、病理診断使用分を採取した後の、微小な残余乳がん組織を使用して行いました(写真 a)。30例近くのER+検体を対象とし、組織型は浸潤性乳管癌( IDC : invasive ductal carcinoma) 、浸潤性小葉癌( ILC : invasive lobular carcinoma) 、浸潤性微小乳頭癌 ( IMPCa : invasive micropapillary carcinoma)、非浸潤性乳管癌( DCIS : ductal carcinoma in situ でした。

熟練者によるオルガノイド調製の結果、作製を試みた全例でオルガノイドの作製に成功 (成功率 : 100 %) 、97 %の成功率で継代培養にも成功しました。オルガノイドの培養法は(Cell. 2018 172(1-2):373-386)の方法を用いました。​

微小な患者検体から高確率で乳がんオルガノイドの作製に成功
a:オルガノイド作製に使用した残余患者検体の1例 b:患者検体から作製された乳がんオルガノイド ​

患者検体とオルガノイドの組織学的特徴(組織形態、細胞分裂、ERの発現)を比較したところ、患者検体と作製したオルガノイドは高い類似性を持つことが確認されました。​

患者検体のER発現を維持したまま長期継代培養可能な乳がんオルガノイドライン2例の取得に成功しました。​
一方、他の例では継代が進むにつれオルガノイドのER発現は低下する傾向があり、今後の課題です。​​

微小な患者検体から高確率で乳がんオルガノイドの作製に成功
本例では継代を繰り返してもER(エストロゲン受容体)の発現が維持されている。​
DAPI()、ER(エストロゲン受容体)

オルガノイドラインを使用した薬剤感受性試験の実施​

 作製したオルガノイドラインを使用して、パクリタキセル、ドセタキセル、パルボシクリブ、フルベストラントについて以前に報告した方法(Kondo 2019 Cancer Science)で薬剤感受性試験を実施しました。​

結果として、全ての薬剤に対する感受性は、各オルガノイドライン間で違いが見られました。これは乳がん組織に見られる患者間の多様性を反映しているといえます(写真AおよびB)。​

A : 薬剤感受性オルガノイドラインの1例 (試験開始後7日目の様子)​

A : 薬剤感受性オルガノイドラインの1例 (試験開始後7日目の様子)

B : 薬剤耐性オルガノイドラインの1例 (試験開始後7日目の様子)​

B : 薬剤耐性オルガノイドラインの1例 (試験開始後7日目の様子)
Aの薬剤感受性オルガノイドラインでは薬剤の濃度が上がるにつれてオルガノイドの損傷が観察された。
一方、Bの薬剤耐性オルガノイドラインでは薬剤の濃度が上昇してもオルガノイドに変化は見られない。​